意外な再会
         〜789女子高生シリーズ  


    終章 〜あとしまつ



弥生三月とは名ばかりの、
気を抜くとすぐにも寒さが戻ってくるよな、
底意地の悪い春であっても。
ひょんな拍子に“何だやっぱり春なんじゃん”と、
見つけたそのまま擽ったくなるよな、
ちょっとした兆しがちらほらしており。
どこで咲いているのか、
沈丁花の甘い匂いが風に乗って届いたり、
陽の射す空が、
冬場よりも力強い青だってのに気づいたり。
直後に吹いた風はやっぱり冷たくとも、
何だ、春じゃん春と。
巧妙に隠れてたらしいけど、残念でした見つけたぞと、
ちょっぴり“してやったり”な気分になったりもし。

 「……で、奴らの目当ては?」

蜂蜜を利かせた温かいレモネード、
ふうふうと口許をとがらせて冷ましつつ、
堪能しておいでのお嬢様がたと。
こちらは濃いめのハーブティを供されておいでの、
島田警部補、佐伯巡査部長 両刑事とが顔を揃えているのは、
お馴染み『八百萬屋』…のお隣りの店舗。
紅ばらさんとひなげしさんが畳んだ輩は、
駆けつけた所轄署の皆様へ、
暴力行為と窃盗未遂という罪状で引き取っていただき、
あちこちへ顔出ししていた三華様たちや菊千代の痕跡、
巧妙に消して回っていただいた、相変わらずの後始末も完了しており。
やっと落ち着いての“答え合わせ”と相成っておいでで。

 「まあ、何とはなく予想もしていただろうが、
  いつぞやの迷子猫騒動や
  浜辺の幽霊騒ぎとまるきり同んなじネタだ。」

 「やっぱICチップでしたか。」

末端での売買や所持品としての不法薬物の定番は、
粉末状態のそれの場合、
錠剤にも満たぬほどの、何gだの何mgだのという微量のブツなので。
咄嗟の捜査にあっても、
まま どこへか隠しようがあるというものだが。
(そして、マルサの家宅捜索じゃあないが、
 どんなに奇抜だと思った隠し場所でも
 その道の玄人にはあっさりと見抜かれるものだそうだが)
大量の荷物の受け渡しともなると、
現物自体が結構な大きさなので隠しようがないだけに、
移送にも受け渡しにも、
ますますのあの手この手を講じるようで。
そんな取引に使われる新手の小道具だったらしい、
いかにも今様の“ICチップ”というものが関わる騒動に、
もっとずっと過去に遭遇したことがあったこちらの皆様であり。

 「詳細は
  既作『
迷子 どこの子?』か
  『
渚のさむらひ 三人ヲトメ』を参照して下さいましね?」

 「おいおい。」

ごくごく小さな、
米粒より毛糸より細いものへでも結構な情報を仕込める代物で。
特殊な電波なり赤外線なりでスキャンすれば
仕込んである情報が読み取れるというタイプのものが主だが、
中には迷子札として使うための居場所を知らせる機能が、
随分と遠くからの発信へでも応じられるタイプのそれもあり。
わんこやにゃんこの体の中へと埋め込んでおいて、
スキャンすれば飼い主の住所や、本犬の年齢、既往症が分かるというものから、
渡来する野鳥や希少生物に用いて、
活動範囲をGPSでチェックする生態調査の応用、
高級車の中や高価な装備品へ設置しといて、
盗難に遭ってもGPSで居場所を割り出せる…という、
とっても便利な代物を。
選りにも選って、覚醒剤や大麻の取引、
ブツそのものを受け渡しするという段階に使おうという手合いが現れた。
外国から持ち込まれたものだけに、
在来の組織へ渡すタイミングはなかなかに難しい。
代金のほうは電子化へ乗っかることも出来ようが、
大きな手荷物を渡し合う瞬間を押さえられては言い逃れも出来ぬ。
どちらかの様子を綿密に監視されていては、
受け渡しのための接触の機会を作るのも容易ではなく。
海上でブイや浮きをつけて流し、
相手へ受け渡すという大胆な手段も使われている昨今だったが、

  そこへの光明のような手段として
  ありがたがられているらしい“手形”が、
  そのICチップであるらしく。

何しろ小さな存在なので、
菓子折りのリボンに貼りつけてもいい、
読み終えた雑誌に張ってベンチへ置き去ってもいい。
ロッカーの鍵でもない、貸し金庫の暗証番号が書かれたメモでもないので、
張り込みの刑事らが職務質問として呼び止めての身体検査をしたところで
それこそ、彼らの間で通用させている波長がインプットされた
ソナータイプのスキャンの装置でもない限り、
見つけるのは不可能とあって。

 「それなりの効果も出てたらしいですしね。」

忌々しいと言いたげに、表情をやや歪めたのが佐伯刑事で、
彼の担当とは管轄が微妙に違う、別の部署が扱う犯罪対象ではあるが、
捜査や逮捕という権限をもつ
治安組織の一員だという大きなくくりじゃあ担当も同じ。
それに、金ほしさから強盗に走ったり、
薬物中毒に陥って刃物を振り回したりという、
麻薬がらみの窃盗や傷害事件だって起きている以上、
自分には関係がないことと断じる訳には行かない彼なのだろう。

 「でも、今回のはまた、
  ややこしいものを利用しようと思いましたよね。」

想いも拠らないにも程がある代物だったがために、
居場所が遠すぎて、
逢う機会はもっと先になったかもしれない彼女ら、
菊千代とこっちの三華さんたちを、
ひょいっと一か所へ集めもしたのじゃああるけれど。

  それを嬉しい奇遇と感じたは、こちらの事情にすぎなくて。

一応は大切な取引用の手形なのだから、
成程、そこらの何でもいいというワケにもいかなかろうが。
それにしたって、
コンクールに出場していた高校生のヴァイオリンに、だなんてねと。
妙に計画的な仕立てで持ち出した手筈といい、
何ででしょかねと腑に落ちないなぁというお顔のまま、
久蔵殿が突貫で縫ったというマスコットを指先に摘まんで、
小首を傾げる七郎次だったのへ、

 「それがですねぇ。」

意外な筋からの働きかけもあったようで、と。
聞かれちゃ不味いようなお人なんていないのに、
ひなげしさんがわざとらしくも声を低くし、

 「コマチちゃんのライバル格が
  有名な商社の取締役のお孫さんにいたんですって。」
 「おや。」

結構いろいろな方面への仔細や情報はお任せの平八でも、
こればっかりは、ちょいと畑が特殊だったか。
紅ばらさん…経由の、シンパシィの皆様にカマを掛け、
ヴァイオリンにたずさわる関係筋へ訊いて回って判ったらしいこと。
水乃宮くんという一年生の急成長株が現れたことで、
昨年のチャンピオンだった令嬢の周辺が、
何とはなくばたばたしていたらしく。

 「ご本人は自信満々なお人でね。
  そんな小細工するなんて、
  思うだけで気分が悪くなりそうなタイプだそうだから、
  言い出しもしてはないのでしょうが。」

けれど…まあ、取り巻きの中には、余計な気を遣う困ったお人もいたらしく。
コネや伝手を手繰り寄せた末に、そんな怪しい手合いへと辿り着き、
相手へ実際に怪我をさせるような、目立つ妨害や力技は困るとした上で、
“どこかへ持ち出してほしい”という多額のお礼つきの依頼をしたらしい。

 「それで楽器なのにってことですか。」

いい迷惑なとばっちりがあったもんだと、
呆れた七郎次のすぐ傍らから、
こちらさんも苦笑混じり、
勘兵衛が目許をやんわりと細めつつ、
付け足しの言葉を添えて来ての曰く、

 「それ以外にも、
  楽器には調律だの湿度管理だの繊細な部分が多々あるし、
  クラシック系統のものは特に、骨董品価値もあるからな。」

専門でない人にはよく判らない部分が多いその上、
下手に扱って、壊れただの傷がついただの、
価値が下がったぞ、どう償ってくれるなんて詰め寄られてもコトだからと。
通り一遍なチェック程度のレベルでは担当者も及び腰になり、
そうそう細かくは調べられないって利点もあるそうで。

 「昔から…と言っても 映画や小説の中ではあるが、
  密輸品の隠し場所の、
  格好のカモフラージュにされて来たらしい。」

但し、そんなことに使うからには、
隠したもの優先という“器”扱いをされるから、
構造上は傷みまくりで、
いい演奏には向かない代物になってしまうのだが…と。
意外や意外、そういうことへも造詣は深いのか、
勘兵衛が補足を付け足したのへ、

 「そっか。
  何か小さなものを隠すには、打ってつけじゃああったんだ。」

玄人じゃないとピンと来ないってことってあるんだなぁと、
ふくふくの頬を手入れのいい手のひらでふわりと覆っての頬杖をつき、
テーブルに開いていたPCの、ニュース映像を眺めやる平八で。
そこには、
優美なデザインのトロフィーを捧げられている
小さな高校生の壇上での笑顔が大きく取材されていて。
国内屈指の音楽大学への進学推薦権と
就学にかかる必要経費へのケアを副賞としていただいたのだとか。
騒動から一夜明け、本日の本戦のおりには会場に駆けつけ、
ちゃんと演奏も聴いたこちらの皆々様におかれましては、
当然の結果よねという運びじゃああったものの。

 『うあ、ホントにコマチちゃんじゃないですか。』
 『………。(頷、頷)』

直に見た本人の姿へのインパクトのほうが、
ずんと大きかった何人かがいたのもまた事実だったりし。(苦笑)
勿論のこと、
大柄な赤毛の女傑、菊千代も大々々々感激した優勝だったようで。
そんな彼女へ、あちらのご家族やら先生やらより先に、
優勝のご報告と大きく手を振って下さったコマチ坊を、
感無量と目許潤ませ見やっていた姿が何とも印象的だった。

 「その菊千代は、まだ連絡して来ないの?」
 「そうみたい。」

親戚なんだから遠慮は要らない、
こちらの足場として草野さんチへ泊まってけばいいからと。
呼べば迎えに行くよと、
携帯へでもPCへでもとアドレスは教えてあったのだが、
うんともすんとも言って来ずなので、
大方、あちらの関係筋の方々とのご挨拶とかにかかりきりなのだろうと忍ばれて。

 「いや、むしろこのまま
  “おさらば”するつもりの菊千代かもですよ?」

画面を指先でクリックし、
拡大しながら“うくくvv”と笑ったのが平八で。

 「え?」
 「???」

なんでなんでと同じ角度で小首を傾げた金髪娘二人へ、
立てた人差し指をちっちっと宙で振って見せ、

 「だって、
  シチさんのところといえば、
  お母様からお茶だの着付けだの習う予定でもあったお人でしょうが。」
 「あ…。」
 「方便はもう要らぬ?」

久蔵の簡潔な一言のその通りなら、
このまましゃあしゃあと京都へ帰ってしまう彼女かも知れず。
窮屈なことが苦手と、その風貌や態度が物語ってたお人だもの。
こんなお行儀の悪いことをしては、
向こうへ戻っても叱られはするだろうが、

 「そのっくらいは慣れてるよんと、うそぶきそうなお人だし。」
 「……。(頷、頷)」

もう一回くらいお喋りとかしたかったので、
もう帰ったんなら残念ではありますがと、
その割に…痛快な決着がまた
何とも彼女らしいと楽しそうに微笑っておいでの平八や。
成程成程そうかもなと、納得しておいでの久蔵と違い、

 「まだ叱ってませんよ、アタシ。」

だってのに煙たがられたかなぁと、
そんな誤解を抱えさせたのが口惜しいか、
ひなげしさん同様に頬杖ついた白百合さん。
そりゃあさ、顔を合わせての開口一番、
怒鳴りつけはしましたがと。
ちょっぴり不満げ、視線を落としてしまう可愛い少女へ、

 “こういうところは、
  そう…着任したての頃を思い出させるのだがな。”

白外套をひるがえし戦場を駆け抜けた勇姿から、
白夜叉との異名を冠されたもののふ殿が、
こそりと苦笑をこぼして見せる。
屈託がなかったのも最初のうちだけ、
じきに厳しい戦場の空気に晒され、
強くなったはいいが、
滅多なことでは張り詰めた横顔崩さないよな、
可愛げのなさも身につけた少年士官。
弱みを見せない強かさは、
それと同時に…辛くても泣けない立場を招く。
その身へ受けた傷の痛さより辛かったろう、
様々な口惜しさ哀しさを刻まれながらという、
急ぎ足での成長を余儀なくされていた副官殿。
世渡りも世辞も下手くそなら、
戦場で有能であればあるほど
その才に余計な妬みを集めての苦労も多かりし…と、
平生も難事の多く降りかかってた上司をよく支え。
戦さが終わってからまでも、
一銭の得にもならぬどころか、
命の危機までついて来た騒動にまで巻き込まれたのに、
にっこり微笑って許したつわもので。

 “しかも、今世でまで再会の機会を与えられようとはな。”

彼女らがそうであったよに、
巡り合わせの奇跡よ幸運よと素直に喜ぶことが出来ぬのは。
その優れた才と慈愛に、世話になったし想われてもいた、
そんな得難い人物を悲しませたくはないからと、
つないだ手、振り払うよに姿を消した自分だったから。
その選択は だが、
自分にも半身を失ったように侘しいことだったし、
彼の側へも切なき傷を深々と刻みつけてしまったようだと知って、
二重の罪を犯したことを、思い知らされてしまったもので。
年がずんと上なだけじゃあない、そんな罰当たりでもあるってのに、
なのに、また連れ添ってくれるというのだろうか。
こんな自分でいいのかなぁと、
半分は自虐気味な苦笑を浮かべておれば、

 「…勘兵衛様?/////////」

むうむうと膨れていたお顔への視線を感じたか、
あわわと居住まい正した白百合さんであり。
腹の底まで容易に読み取れる“古女房”に育つまで、
待つことなくの嫁にしちゃったほうがいいですよと、
余計な世話の一言を、
ここにはいないもう一人の元“双璧”から言われることになろうとは、
まだまだ知らぬままな彼らでござったそうだけど。


  波乱は春に吹く嵐だけで十分と、
  頬を染める乙女へ目許和ませた壮年の鬼警部補。
  この一年も例年と同じく、波乱だらけになりませんことを……。






   ●おまけ●


ところで、
優勝したコマチくんへの副賞、
優先就学の権利や費用を出していただけるという音楽大学だが、

 「この大学、武蔵野なんだそうだの。」

 「あら、じゃあ上京して来るの? コマチちゃん。」
 「大学生になったら、だけどもね。」

それを思うと、時間がちゃんと流れてほしい気もしますねなんて、
このお話ならではなジョークも飛び出したご一同様でしたが……。
三華様それぞれが、どんな女子大生になって、どんなOLになるか。
いやいや、どんな工学博士になりの、プリマドンナになりの……

 「おやや、もーりんさんも、
  シチさんへは若奥様しか想像できなかったらしいですよ?」
 「やだ〜〜。//////
  いきなり何を言い出しますか、ヘイさんたら。//////////」
 「だが…。」
 「ほら、久蔵殿も。」
 「え〜〜〜〜?///////」


  お後がよろしいようで…




      〜Fine〜 12.03.12.〜04.03.


  *何だか長いお話になっちゃいましたが、
   相変わらずなお嬢様たちだということで。
   西に新しいお仲間が増えて、
   保護者の皆様、GWや夏休みはご用心だぞ〜〜〜
   

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